「幸せになる」のではなくて「幸せは感じる」ものだという意見がある。 「なる」だと「なっていない」状態もできてしまうから「感じる」とするみたいな 意見だったと思う。 なるほどなぁと思う。 これって、自分が感じる幸せと、他人から見た幸せという違いじゃないかな? 「感じる」のは動物的な内側から湧いてくる感情。 自分だけの基準で感じる、人によって違うもの。 「なる」は人間の世界に生きているうえでの社会的な幸せの基準。 金銭だったり、パートナーだったり基準と比べたうえでの判断。 そう考えると、「幸せ」という言葉を使っているけど種類が違うもののようだ。 社会基準では「幸せ」ではなくても自分基準で「幸せ」であれば、いい状態なんじゃないかなぁ。 むしろそっちが大事、だね。